木更津市のご紹介
木更津市の位置
千葉県木更津市は、東京湾岸に位置する南房総最大(人口約13万人)の温暖都市。東京湾アクアラインの接岸地でもあり横浜や都内行きの横断道路を渡る高速バスがピストンで運行されています。海岸には干潟が広がり内陸部には万葉集にも登場する緑豊かな上総丘陵があります。きさらづの語源は古事記の「きみさらず(君去らず)伝説」だとも言われています。江戸時代には港町として発達、町人文化も流入し、木更津を全国的に有名にした歌舞伎「切られ与三郎」や「木更津甚句」が誕生しました。
木更津市の四季
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「木更津キャッツアイ」の舞台として若い人にも根強い人気がある、房総のオアシス、木更津。
昭和30年代の懐かしい街並みと新しい街が共存するノスタルジックさを訪ねて下さい。
近隣の都市ご紹介
袖ヶ浦市(そでがうらし)
千葉県のほぼ中央にあり東京湾に面した市。財政の豊かさは、県内で浦安市、成田市に次ぐ3番目である。
「古事記」によれば、日本武尊(ヤマトタケルノミコト)が相模国から東征の折り、走水(東京湾)を渡る際、大しけに遭い、そのとき妃の弟橘媛(オトタチバナヒメ)が海中に身を投じて海神の怒りを鎮め、尊の渡海を助ける。その妃の袖が海岸一帯に流れついたという伝説から、東京湾の千葉県側の海岸が「袖ヶ浦」の雅称で呼ばれるようになった。これが袖ケ浦市の起源である。
木更津市の南に位置し、新日本製鐵君津製鐵所で知られる鉄鋼産業の町である。1960年代、君津製鐵所の操業開始に伴い同社関係者の転入により人口が急激に増加したが「バブル崩壊」による不況で増加にストップが掛かり、現在は減少傾向。現在、アクアライン高速バス網の発展にともない、東京駅・羽田空港へのアプローチの利便性が高まり、今後は新たなベッドタウンとしての機能も期待される。
富津市(ふっつし)富津岬やマザー牧場で知られており、市域には縄文時代・弥生時代からの遺跡が数多く分布する。房総半島では古墳時代を通じて古墳が数多く分布しているが、市域では5世紀中頃の内裏塚古墳を頂点とする内裏塚古墳群の存在があり、埴輪や金銅製品などの副葬品が出土している。また、古墳後期の横穴式石室を持つ後期古墳も分布する。